お金と幸せ お金の価値 「世の中はお金じゃない、幸福はお金じゃない」は本当なのか?お金の存在の意味とは?
「世の中お金じゃない!」
「お金に固執するなんてくだらない!」
なんて声がよく聞こえてくることがあります。
私もそう思っていましたし、今もそういう気持ちはあったりします。
逆に「世の中金が全てだ!」という人もいるかもしれません。
でもどちらにせよ、現代社会に暮らしている限り、お金は必要なものです。
ですから好き嫌いにかかわらず、それを受け入れざるを得ないことは確かでしょう。
だとしたら
あなたはお金を大切にしていますか?
これを見て下さい。
どんな気持ちになりましたか?
ニッコリ素直に笑えましたか?
それとも苦笑いになりましたか?
または、嫌悪感のようなものが湧きましたか?
さて、あなたは、お金に対して、どのようなイメージを持っているでしょうか?
例えば、
「お金は、汚いものだ」
「お金は卑しいもの」
「お金は怖いもの」
だったり
「お金の話しをするなど、みっともない、はしたない」
「お金は、ただの交換の手段」
などと言う人もいるでしょう。
多くの人々は、多かれ少なかれ、このようなイメージを持っています。
なかなかプラスのイメージが沸かないものです。
例えば「お前は金の亡者だ。」と言われて嬉しい人は少ないでしょうし、たいていの人はそれが悪口に聞こえるでしょう。
でも、普段は
「世の中お金じゃない」
「お金に固執するなんてくだらない」
「お金の話をするのは、みっともない」
などと言っているくせに、お金がなくなってくると「お金お金」と慌てふためいたりするのです。 私の事です^^;…
食べ物も買う余裕もなく飢えを凌いだりするのが嬉しい人はあまりいないでしょう。
また、仮に仕事を好きでやっているにせよ、サービス残業が好きという人はあまりいないでしょう。
あなたは、ほんとうはお金が欲しいのです。
お金が増えるということは、選択肢が広がるということです。
高級外車も買えるが、中古の軽自動車を買ってもいい。
5つ星レストランで食事をとってもいいが、B級グルメやファーストフードで済ませてもいい。
お金はありすぎてもよくない、貯めておく意味がない等という人がいますが、
自分自身のために使うのもいいですが、別に人を助けるために使ってもいいのです。
もしお金が余って不要になったら、あなたが助けたいと思う対象に寄付でもすればいい。
それでも使い切れなければ土地を買い公園をつくって、国や市町村に寄贈してもいいでしょう。
無料の介護施設や、無料の学校や無料の遊園地をつくってもいいでしょう。
まあ、そんなことまで考えなくても
「お金はあるに越したことはない」と思っているのではないですか?
もし、そうだったら、お金にポジティブなイメージを持ったほうがいいと思うのです。
頭の中の「思考」では必要だと思っているのに、「感情」のほうで毛嫌いしていたのでは、手に入るものも入らなくなってしまいますからね。
あなただって、もし誰かに「あなたのことは、思考では好きだけど、感情では嫌いです」なんて言われたとしたら、仲良くしようとはおもわないでしょう?
お金だって同じです。
例えば、「お金とは、感謝の気持ちである」
なんていうふうに思えればいいのですが
いきなり「お金」と「感謝」とが結びつくという方はすくないかもしれません。
では、どうしたら「お金」と「感謝」が結びつくのでしょうか?
もし、あなたは人に何かしてもらって、感謝を示すときどうするでしょうか?
きっと「ありがとう」と言ったりするでしょう。
または、その人が何か困っていたら、手伝ったりしてお返ししたりするかもしれません。
さて、そこでもし日本に「感謝を言うことや表現をしてはいけない」という法律があったと考えてみましょう。
法律によって人の親切に対して言葉や行動でお礼が出来ない場合はどうしたらいいか考えてみましょう。
例えば…
あなたは、お腹が減ってしまって食べ物が食べたくなりました。
それを見た人があなたに、ご飯とおかずと飲み物をくれました。
あなたは、その人に対しお礼をしたいのですが、それを言葉や行動で示すことは法律で禁じられています。何もせずに去っていけば食い逃げのようなものですので、それは避けたい。
では別の形でお礼しなければなりませんね。
そんなときに思いつくのはなんでしょうか?
きっと「相手の必要なものをあげる」という行為ではないでしょうか?
でも、その相手の欲しいものを聞いてそれを探してくるとしたら、それも時間がかかってしまいますよね。
だとしたら、お金を渡すという答えにたどり着かないでしょうか?
例えばそれを500円で代用するという感じです。そうすれば相手も同等の欲しいものが手に入ります。
本当だったら、50回くらい「ありがとう」と頭を下げて感謝の気持ちを示したいのですが、50回お辞儀したりしていたら、相手も自分も時間がなくなってしまうし不便ですよね。相手だってそんなお礼なんて求めてない可能性もありますし。
そう考えていくと、「お金」というのは、「感謝」を表すもの、代用品とは言えないでしょうか?
つまり、お金とは感謝の気持ちを、「目に見える形」にしたものと言えるのかもしれません。
例えばこの話のように「感謝の気持ちをお金に代えて、お礼をする」
そういうことと考えると、お金の意味は違ってくるのではないでしょうか。
会社に行けば、あなたは会社の為に働き会社のこと、経営者を助けてあげる。
助けられた経営者は、社員一人一人に、会社に関わる方々にお礼をしたい。あなたにもお礼をしたい。
でもそんな時間はさすがにない。だから、お礼をお金に代えてあなたの銀行口座に振り込むのです。
あなたのスマートフォンやPC、今日食べた食品もそうです。
部品の製造、調達、運搬、販売、それに関わるすべての人々にお礼に代えてお金を渡しているのです。
世のお金持ちと言われる人達は、たくさん感謝されているからお金が集まっているとも考えられます。
また、あなたが沢山の人に感謝を示したいのであれば、お金が必要になってくるのだと思います。
感謝が集まらない人や、他人など助けたくない人、人からの感謝などいらないという人が恒久的にお金が貯まると思いますか?また、そんな人の売るものにお金を払おうと思いますか?
また、お金に余裕がない人ほと、稼ぐことに囚われ人にお礼をする時間や感謝などをする余裕もなくなっていきがちです。
よく見てみると「お礼」と「お札」の字は、とてもよく似ています。
漢字の成り立ちについては専門的なことはわかりませんが、もしかしたら、こういうことと関係があったのかもしれません。
そう思うと
「お金とは、感謝の気持ちである」
と思えてきませんか?
お金の話を避けたり、みっともないと思っているということは、裏を返せばお金に振り回されているということにもなるのです。
もう21世紀は、そろそろ、お金などに振り回されるような生き方を、もう卒業してもいいと思うのです。
あなたは「お金の奴隷」ではないのです。
いわば「ご主人様」なのですから。
ご主人様が、お金に使われていたら、おかしいじゃないですか。
もしあなたがお金を稼ごうとするならば、まずはお金を好きになってみませんか?
心にお金に対する抵抗があるなら、それを弱め、お金の存在に感謝しませんか?
お金は、あなたを苦しめるものではありません。
あなたを幸せにするために、そして助けるために、お金があるのです。